ビター(夢色続編)

麗佳編 ★★ 2 ★★

   

先生と過ごす時間は、ただでさえあっという間なのに…。
いつもあたしはすぐに無我夢中って状態になってしまって、
で、ホントにぐっすり眠っちゃったりして、
…気がつくともう別れの時間になってる。

(あぁ、今度いつ会えるかなぁ…)

授業中ぼんやりとそんな事を考える。
もうすぐゴールデンウィークだし、その頃は会えるよね。
でもまだ先だなぁ…。

半分眠りながらの授業が終わる。
「麗佳、金曜サークルの飲み会があるって」
愛莉が本をまとめながら言った。
「えー?今週だっけ?」
「そうだよ」
有希が代わりに答えた。
「ねぇ、鹿島ってさ、絶対麗佳のこと好きだと思うよ」
廊下を歩きながら愛莉が言った。
「…ちょっと鹿島クンってさ、キモ系じゃない?」
あたしは言った。薄々気付いてたんだけど、イヤな感じだった。
「ちょっと、ね…。見た目は普通だけどねぇ」
有希が言う。
大学で知り合ったこの二人と、何となく同じサークルに入った。
サークルって言っても何かにつけ応援するってのが目的で、要するにいわゆるオールラウンドサークルだった。
他の大学のサークルでも良かったんだけど、何となく自分の学校のサークルに入った。
女子大とかだったらなぁ、他校から色々と勧誘も来るんだろうけど。
だから会いたくない男子にも、校内で会ってしまうって事があった。
幸いその『鹿島』ってヤツは学部が違ってて、日常的には縁が薄くて済んだ。

大学生活って思った以上に時間があって、そして忙しい。
多分何もしないで過ごそうと思えばそれで時間は流れてしまうと思うけど、
サークルとか友達付き合いとか、バイトとかそうこうしてるうちにあっという間に1日が終わってしまう。
アルバイトは学校の掲示板を見て、製薬会社の雑用に決まった。
これは学校紹介だけあって、なかなかオイシイ仕事だ。それに、かなり楽。
おまけに理系の人たちはとても淡々としてて、あたしは居心地が良かった。

学校では学科が理系だから心配してたけど、女の子の友達もすぐに出来た。
そしてサークルの人たちも新入生には親切にしてくれた。
学校内にある部室みたいなところに行けば誰かしら知り合いがいるし、
どの授業がラクだとか、これがいいとか情報もちゃんと入ってきた。


あたしの生活に物足りないことといえば、やっぱり先生が側にいないことだ。

本当は凄く会いたいんだけど、遠い場所にいる先生とはなかなか思うようには会えない。
元々あたしと先生は「頻繁に会う」っていうのが習慣付いてなかったおかげで、
なんとなく暗黙のうちに、相変わらず「時々会う」って感じになってる。
だけど高校のときから比べればずっと会えてるし(だって3ヶ月に1回とかだったし)、
「生徒」から「彼女」に格上げされた事で、あたしは何となく嬉しかった。

社会人の先生の負担にはなりたくなかった。
特に先生は転職したばかりで、「歯科」の仕事にまだ慣れてないらしかった。
サラリーマンじゃないから、土曜日も先生の歯科医院は開いている。
だからなかなか土日に東京に来るっていうのも難しいみたいだった。
「会いたい」とか、あたしは相変わらず気軽には口に出せないでいた。
もしかしたら、あたしってあんまり素直なタイプじゃないのかもしれない。
今までは片想いだったから気がつかなかったけど、
こうして「彼女」という位置に納まっても、あたしは全然変わってなかった。
先生の前では自分の気持ちをちょっと抑えてしまう。
もう、それが癖になってるのかもしれない。
人間ってそうそうすぐに変われるものじゃないし。


「それじゃぁ、失礼しますー」
金曜日、サークルの飲み会があってあたしは1次会が終わるとすぐに駅へ向かった。
2次会に行く人がホトンドだったけど、あたしは結構家が遠いから有希たちと別れて先に帰った。
駅で改札に定期を通して、すぐだった。
「梶野さん?」
振り向いた先、……ウワサの『鹿島』だった。
うわぁ、よりによって……。
「何?どこまで行くの?」
お酒の匂いをさせて、あたしに近付いてくる。
当たり前っていえばそうなんだけど。さっきまで一緒に飲んでたから。
この人は年は1つ上で浪人して入って来てるから同学年だった。
見た目はごくごく普通。もしかしてちょっと爽やか系かもしれない。
でも、何かしつこい人だった。喋り口調とか、話題の振り方とか。
なーんとなく、生理的にダメなタイプだった。理屈じゃなくって。

電車が来て、もうどうにも逃げ場がなくなって、あたしは鹿島と帰る。
「へー近いんだ。梶野さんちと」
話を聞いてたら、うちと鹿島の家が結構近いことが判明。
イヤな事って立て続けに続く。
「送って行こうか?」
「いいよ、…うち、駅からすぐだし」
駅からすぐってのはウソだ。
多分、あからさまにイヤーな顔してた。あたし。
今までずっと、多分、男子には相当冷たかったと思う。
喋りたくない男はひどい場合シカトって感じだった。
だからこういう「義理」って経験したことなかったし、もの凄く苦手だ。
「遠慮しなくていいよ。オレ全然時間あるし」
こうもイヤがってるのを表現してるのに。何でわからないかなぁ。
そういう鈍感さが、どうにもイヤだった。
「ホント、いいから。マジで」

たいして会話も弾まないまま(そりゃそうだ)、鹿島の最寄駅に到着。
「じゃあね!鹿島くん!またサークルで」
あたしは一応笑顔で送り出す。
心の中で、早く電車降りろよと思いながら。
「……それじゃあ」
なんだか渋々彼が電車を降りてく。
ドアが閉まって電車が動き出してるのに、ヤツはホームに立ったまままだあたしを見てる。
はっきりいって、キモい。
「……ハァ」
あたしはため息をついた。
うわぁ久々に超うざい………。
あたしはすっかり酔いも覚めて、カバンから携帯を出した。

携帯を見たけど、別に先生からメールが来てるワケじゃない。
有希と、それから涼子から来てた。
あたしは自分の駅で降りると、涼子に電話しながら歩く。
「聞いてよー。もう最悪でさー」
今起こったことを、あたしは涼子にグチる。
涼子は可愛い声で笑いながらも、あたしよりもキツイ突込みを入れてくれる。
うーん、何だかすっとする。

ちょっと気分が落ち着いて、
自分の部屋から先生にメールしようとしてまた携帯を開く。
どうしようかな…。電話しようかな…。
未だに電話ひとつするのに、いつも凄く迷う。
もし繋がらなかったら、妙に凹むから。
時計を見ると今11時過ぎ。…どうしよう。
やっぱり電話にしてみよ。
もうドキドキでボタンを押す。
遠距離なんだから、毎日電話ぐらいしてもいいかなって思うけど、…何かあたしは遠慮してしまう。
やっぱり、先生とこういうの慣れてないんだ。

『もしもし?』
やったぁ、繋がった。あたしは嬉しくてほっとする。
「あ、…彰士?今、大丈夫?」
電話が繋がってもあたしは遠慮がちになってしまう。
『大丈夫だよ。今日は何してた?』
電話越しの彼の声。
顔を見て話す以上に、声が大人だ。
こうしてただ電話で話すと、すっごく先生っぽかった。
「今日、サークルの飲み会があったよ」
あたしは言った。
『大学生って感じだなぁ』
そう言ってちょっと笑う先生。
あたしはちょこっと近況を報告して、先生の今日のこともちょっと聞いた。
せっかく電話が繋がったし、大事なこと聞かなきゃ。

「彰士、今度……いつ会えそう?」
あたしはちょっとビクビクしながら聞いた。
『そうだなぁ……ゴールデンウィーク入って…5月になっても平気?』
5月、と聞いてあたしのテンションは少し下がる。
「うん…あたしはいつでもいいけど」
『…麗佳の予定もまた教えて。何日かそっち行けるかも知れないし。
あぁ、でもホテル混むかな…。早めに抑えないとなぁ』
先生は色々考えながら話してた。
何日か会えるかもって思ったら、あたしのテンションは急に上がる。
すごい現金だなって思う。
早く会いたかった。
ホントは今すぐにでも会いたい。

だけど、いつもそれを素直に言えない。
あたしって、そういうとこ高校生のままだった。

 

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