ビター(夢色続編)

麗佳編 ★★ 20 ★★

   

彰士と会って、やっぱり彼のことが好きなんだって思った。
そして、同じぐらい……テルのことも好きだって気付いた。

(参ったなぁ…)
先生への気持ちだけでも持て余すぐらいの自分だったのに……
こうなってしまうと毎日は何だか重たく感じた。

「お疲れっ」
テルはあたしを見つけて声をかけてきた。
いつものように、バイトの帰りにテルと待ち合わせてた。
「オレも今日はバイトに寄ってきたし、ガッツリ食べたい気分」
テルは普通にあたしに話し掛けてくる。

「いつも送ってもらってゴメン」
「ん?いいよ。別に。…時々麗佳、それ言うよな」
「…そうだね」
あたしは思い出したように、テルに悪いって感じるときがあった。
彼女でもないのに、当たり前のように家まで送ってもらう。
そんなこと、続けてていいのかなって思う。
2人きりのこの空間が、…あたしは嬉しい反面、最近は切なくなってた。

(彼女も、いつもこの助手席に乗ってるんだろうなぁ…)

何だか最近はテルに関連することを、テルの彼女に関連付けて考えてしまう癖がついていた。
だけどきっとあたしが想像してることは事実だと思うし、それを直視しなければいけないような気がしていた。
そしてあたしの彼氏が彰士だってことも…。
自分の彼氏に頻繁に会う事ができないっていうのがあたしの事実だってことも。

FMが流れる車内。
テルとのこんな時間は何気なくて自然なのに、あたしたちの関係は何となく不自然だった。
そう思ってるのはあたしだけかも知れなかったけど。
一緒にこうしていると、苦しいような気分になるときもある。
だけど、テルとこんなふうに会えなくなるっていうのは今のあたしには考えられなかった。

テルと別れて家に帰って、高校のアルバムを出した。
あたしはまず『東野香里』を見た。
(ああ、こんな子だったな…)
漠然とした記憶が、ハッキリとしてくる。
思ったよりもマジメそうな感じの子だった。
高校時代、この子とあたしとの接点はほとんどなかった。
(テルの彼女……)
この子の写真を何度も見てしまう。

3年B組。
このクラスの写真を見るのはすごく複雑な気持ちだった。
クラス写真を撮影したとき、彰士はまだ先生だった頃で生徒たちの真中に映ってる。
今と比べるとだいぶだらしない感じだったけど、それでも写真に写る彰士は普段の先生の時よりはマシだった。
斜め後ろの方に、東野香里。
そのまた斜め後ろに、テル。

(何だか、懐かしい…)

そんなに昔のことじゃないのに。
多分この写真、年末ぐらいに撮ったヤツだ。
だからまだ1年も経ってないはずなのに。

(彰士、変わったな…)
田崎先生の写真を見ると、ホントに思った。
そもそも今だってあたしたちはプリクラなんて撮るような雰囲気の関係じゃない。
だから高校時代の2人の写真なんて、全然なかった。
携帯の写真ですら、彰士が嫌がって撮ったことがない。
アルバムに映る先生は、今のスッキリした歯医者の彰士とは違う人みたいだった。
まあ、あたしと会ってたときはずっとどちらかというと今の彰士の感じだったけど。
(テルも変わった……)
彼は本当に変わったと思った。
高校時代のテルのイメージが漠然としててあんまり覚えてなかったけど、
こうして改めて見ると、やっぱり違ってた。
マジで、子どもから大人になったみたい。
今はどこから見てもとても高校生には見えなかった。

(あたしはどうなのかな…)

この前、『女になってきた』って彰士に言われたとき、自分のことなのにドキドキしてしまった。
自分の変化は自分ではよく分からなかったし、このウジウジした性格はちっとも変わってないような気がしてた。
(変わりたい、のかも知れない……)

ちゃんと、前を向いて毎日が過ごせるように。
自分の気持ちに素直に…生きていけるように。


何だか少しでも前に進みたくて、教習所を申し込んでみたりした。
バイトのない日とか、彰士に会えない土日とかはヒマだったし、
有希も彼氏ができて休日に遊びに行くことがほとんどなくなったからっていうのもあった。


そしてまた火曜日が来てテルと会う。
もう11月になるっていうのに、相変わらず彰士と会う機会は増えてなかった。
だけど、テルはきっとちゃんと彼女と会ってる。
そう考えるたびにホントにへこんでしまう。
考えなければいいのに…好きになっちゃダメだって、頭で思えば思うほど心は逆に流れてしまう。
あたしはその流れに逆らえないでいた。

大学の友だちに、うちの地元の方にいいお店があるって聞いてた。
カップルで行くような雰囲気で、土日はいっぱいだって言ってた。
テルにはいつも送って貰ってるし、たまにはうちの近場でもいいかなって思ってあたしは今日はそのお店に行こうと思った。

都内から郊外へと抜ける道はすごい渋滞だった。
だけどテルと2人でいると、そのウンザリするぐらいの車列に挟まれた長い時間もあっという間に過ぎていた。
行ったお店は友だちが言ってたとおり、すごく雰囲気のいいところだった。
洋風のお屋敷風のたたずまいで、天井が高くて座席はゆったりとしてる。
閉店ギリギリだったけど何とか普通に注文もできて、お料理も充分満足できる美味しさだった。
「この前、涼子に会ったんだ」
あたしは言った。
「おー、おまえら仲良かったもんな」
ゴハンを食べながら、テルと何気ない話しをする。
テルと出会った頃から思ってたことだけど、あたしたちは一緒にいるとき普通に会話が弾む。
あたしは男の子と一緒にいるとき、そんなに気を使って会話を振るタイプじゃなかったし、
積極的に話す気もあんまりなかった。
なのにテルとは、不思議と自然だった。
波長が合うっていうのかも知れない。
だから、出会ってすぐに付き合えたんだと思う。
(そういえば、高校…ここから近かったな…)
先日アルバムを見てたことを思い出した。

お店を出た。
入り口のアーチには蔦が這っていて、電飾ではなく下からライトアップされてる。
店と入り口を繋ぐ通路にはところどころ下からライトに照らされて、この空間を更に上品に演出していた。
カップルで来るようなっていうの、…その通りだなって思う。
あたしの少し前を歩くテルは背が高くて、そしていい男だった。

「結構、高校から近いよな、ここ」
あたしもそう考えていたところだった。
「そうだよね。ちょうどあの高台を挟んで反対ぐらいの位置だと思うよ。
でも学校から来れる近い道がないね」
実はさっき地図を見てて、何とか高校を回ってここまで来れないかって思ってた。
結局道が見付からなくて、時間もなくて慌てて店まで来たんだけど。
「ちょっと、高校の前通ってみる?」
あたしの方へ振り返ってテルは言った。

回り道をして見に行った高校は、当たり前だけどちっとも変わってなかった。
だいぶ寒かったけど、あたしはあんまり気にならなかった。

アルバムで見た高校時代のみんなの姿が、胸にこみ上げてくる。
あたしはここで毎日、先生のことばかり考えていた。
白衣を来た、田崎先生の姿が……信じられないぐらい懐かしかった。
もうあたしも先生も、ここにはいない。

戻りたいわけじゃない。
あの頃は先生のことをただ思うだけで必死で、
…今みたいに色々な余計なことを考えてなかった。
今では、昔みたいにメールをするのにいちいち迷ったりしないし、
「好きだ」と口にしたら関係が途切れてしまうような不安もない。

だけど……。
「だけど、何ヶ月か前まで、オレたちって毎日ここに来てたんだぜ」
テルの声があたしの思考を遮る。
高校時代から、テルがずっと何かとあたしのことを気にかけてくれたこと、何となく気付いてた。それに甘えるみたいにしてこんな風に『友だち』になって、2人で自然に出かけて…。
こんな風になるなんて、あたしはあの頃考えてもいなかった。

「うーん。でも、もうすごーく前みたい。…最近の事なのにね」

色んなことが頭をグルグル回った。
当時のこと、…そして今のこと。先生や、テルや…自分のことも。

校舎を見てると、そんな思いがウワっと自分に押し寄せてくる。
「なんか……変わったなぁ…」
あたしは思わず呟いてしまう。


「麗佳…」
「ん?」

(えっ……)

気がつくとあたしはテルに抱き寄せられてた。
(ちょっと、テル…??)
あたしが顔を上げると、……テルがもっと近付いてくる。

「…………!」

キスされた。


少しだけ唇が触れるとテルはすぐに離れて、あたしが反応する前にギュっと抱きしめられてしまった。
(テル……)
ぼうっとして昔のことを考えていたのに、突然現実に引き戻された。
(キスされた……)
ウソみたいで、あまりにも現実感がなくって、…あたしはただ呆然としていた。
テルの腕があたしの背中に廻って、そして肩を強く握る。
寒いせいと緊張してるせいで、あたしは体がゾクゾクしてくる。


「好きだ、……麗佳」


信じられなかった。
嫌われてないっていうのはよく分かってた。
会えない時間もずっと気にかけてくれてることも分かってた。
だけど……どうして??
「テル……?」
あたしは自分から体を少し離した。
テルを見た。
下を向いていて、どんな表情なのか分からない。
(どうして?どうして…?)
「…テル、……彼女、いるでしょ……?」

テルはあたしを掴んでいた腕を緩めた。
あたしを見る。
その目は、…思ってたよりもずっと冷静に見えた。


「…別れたよ」


(……え……)
「うそ……いつ…?」
「……つい最近」

なんで?どうして……?
いつ別れてたんだろう?
そう言えば最近彼女の話って全然してなかった。
ずっと、彼女のことばっかり気にしてた自分がバカみたいな気になってくる。
「そうなんだ…」

彼女と、別れたの……?
テルは、一人なの……?

テルに彼女がいるって思って抑えてた気持ちが、ヤバいぐらいに動き出す。
あたしのことを、『好きだ』って言った……。
頭がパニックになる。何もかもが、急すぎて。


「帰ろうか……」
あたしは何とか言った。
この場を離れたかった。

車に乗り込んでも、2人きりなのは変わらなくて。
ついさっきまで普通に一緒に食事してたことが信じられないぐらいの重たい空気で、車内が埋まった。
テルが車を出す。
高校が、離れていく。
懐かしい想いが、景色とともに遠ざかっていく。


テルはそれ以上何も言わなかった。
あたしも何て言っていいのか分からなかった。
さっき、キスされた…。
『好きだ』って…………。


あたしの中にあった失いたくないものが、2つ……。

片方への想いを閉じ込めて、このまま2つとも抱いていけるかと思っていた。
だけど現実はあたしに厳しかった。 

 

ラブで抱きしめよう
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