ビター(夢色続編)

麗佳編 ★★ 22 ★★

   

テルにはメールができなかった。
全然気持ちの整理がつかないまま、時間ばかりがどんどん過ぎていく。
このまま放っておいて、いつのまにか彼女ができちゃったりして…。
返ってそんなことになった方が、現状が変わらないまま友だち付き合いができたりして
…何て楽観的に想像したりもしたけど、このあたしがそんな風に出来るわけがなかった。
テルに彼女がいた時の、痛くてたまらなかった嫉妬心。
今のあたしなら、きっとその何倍もテルの彼女に嫉妬するに違いない。


「うわぁーー久しぶりー。涼子の家、いつ来てもキレイにしてるよねー」
「キレイかなぁ?何か母親がインテリアにこだわりがあるらしいから」
久しぶりに涼子のマンションに来た。
室内はベージュを中心とした品のいい色彩でまとまってる。
女の部屋!って感じだった。
弟もいる我が家はずっとゴチャゴチャしてる。
「そうそう、母親が会社の子から貰ってきた豆があってさ、ちょっとしかなくって、
高級品らしいけど…2人で飲んじゃおうよ♪」
涼子が嬉しそうにカウンターから言った。
「いいの?怒られない?」
あたしはリビングのイスに荷物を置く。

「あー寒かった。一段落だね」
涼子はちゃんと豆を轢いて、コーヒーを入れてくれた。
「このコーヒー…ホントにすっごい美味しいよ。轢きたてだから余計かな」
「ホントに美味しいね。残りは太郎くんと飲むのに隠しちゃおうっと」
涼子がいたずらっ子みたいに笑う。
高校を出てからの彼女は、化粧もしっくりしてて益々キレイになってた。
「いいなぁ、涼子んちは、駅から近くて」
「そうだね。何かと便利だよ。夜遅くても平気だし」
テルにいつも『早く帰れ』って言われてることを思い出す。
「うちは結構歩くからねー…。冬は寒いし、夏は暑いし、ヤだよー」
「ふーん。でも久保くんは車で送ってくれるんでしょう?」
「…まあ、会えばそうだけど」
いきなりテルの名前が出て、ドキドキしてしまう。
涼子にはテルとよく会ってるって話はしてた。
「久保くんと、ホント仲いいよねー」
「うーん…それがさぁ…」
あたしの気持ちは誰にも言ってなかった。


「あーそうなんだー…」

涼子はあたしの話を聞いても、そんなに驚かなかった。
「…『バカだな』っとか、思わない?」
「思わないよー」
涼子は優しく笑った。
時々感じるけど、彼女は包容力抜群だと思う。
「だってさ、もしも太郎くんみたいな人が自分にとって2人いたとしたら…
マジで真剣に悩むよね」
涼子がコーヒーのおかわりを入れてくれながら言った。
「先生への気持ちは変わってないんでしょ?」
「……うん。多分…」
あたしは答えた。
「でも久保くんのことも同じぐらい好きになっちゃったんだね…」
「……多分……」
自分でも気持ちを持て余していて、よく分からなかった。
考えようとしても、頭で整理しようとしても…先生と会えば、テルと会えば…それぞれの形で心は揺らいでしまう。
「どっちとも付き合うっていうのは、…ムリだもんね。本気なら余計に」
涼子もため息をついた。
「なんかさぁー、適当に『好きかも』ってぐらいだったらさ、二股でも三股でも、…できちゃうんだけどね〜」
「…あたしはムリだよ」
彼女の昔を思い出してあたしは苦笑してしまった。
「どっちを失っても辛いと思うけどさ…」
涼子は真顔で言った。
「どうしても失えない方を、…選んだ方が多分後悔はしないよね」
「『選ぶ』…かぁ…」
あたしは益々気が重くなった。

「高校のとき、麗佳、先生のことすっごく好きだったもんねぇ」
「……バレてた?」
コーヒーを飲みながらあたしは言った。
ふと目をやると、窓の外はあっという間に暗くなってた。
「田崎っていうのは分からなかったけど、
…誰かを想ってるっていうのは、いつも感じてたよ」
「そうか……」
「久保くんもね…」
「え?」
「久保くんが麗佳のことを好きなのは、バレバレだったけど」
「そ、そうなの?」
あたしは涼子の口からそう言われたことが心底意外だった。
「そうだよ、気がつかないなんて、やっぱ麗佳すごい鈍いとこあるよ」
「………」
その言葉にあたしはちょっと凹んだ。
涼子はテーブルに身を乗り出す。

「思うんだけどさぁー、麗佳、先生にも実は結構ちゃんと愛されてたりするんじゃないの?」
「…え……」
「麗佳がさ〜、鈍いから気がつかないだけで」

(………)

あたしは涼子に言い返す言葉がなかった。
「麗佳はさぁ、ちゃんと先生のこと愛してあげてる?」
「……うーん……」
いちいち反省するようなことばっかり言われる。
だけど涼子の言うことは核心を突いてて、…あたしは胸が痛む。
「…ちゃんと意思表示しないと」
「…………」

何だか自分が情けなくなってくる。

「怖がらないでよく考えてみなよ。…麗佳にとって誰が大事なのか」



有希たちと4人で会った夜以来、テルとは連絡もとってない。
先生とは相変わらず…ちょっとメールをして、少し電話で話すぐらい…。

あんなに憧れてた田崎先生を失ってしまうなんて、想像もできなかった。
やっと、こんな風に付き合うことができるようになったのに…。
だけど手に入れたと思ってても、あたしと先生の関係は実際には当時からあんまり変わってなくって、
『彼女』っていう立場になっても…あたしと先生の心の距離ってあんまり変わってないような気がした。
少なくてもあたしから見た彰士の存在は、今だって憧れのままのような気がする。
だけど、会いたいと思う気持ちは高校の時も今も変わらない。
(愛されてる、のかなぁ……)
涼子に言われたけど、あたしはあまり実感できないでいた。
彰士なりに、愛してくれているのかも知れなかったけど…。

(テル……)
テルのことを思い出すと、あたしのことを想っていてくれているなっていうのを実感として感じる。
テルと別れた高1のとき、何となく気まずくなってクラスではほとんど会話を交わさなかった。
お互いの存在を見ないようにしてた。
高2になってクラスが分かれて、何となくちゃんと喋れるようになって……。
その時だってあいつにはあいつの世界があって、正直言ってあたしはその世界にあんまり興味がなかった。
その時は、…とにかく田崎先生のことで頭が一杯だったから。

(どうしてテルのこと好きになっちゃったんだろ……)

本当は分かってた。
……テルに愛されてたからだ。

あたしは側にいて、テルの気持ちに甘えてた。
甘えすぎて………

涙が出てくる。
テルへの自分の気持ちは見たくなかった。
気がつきたくなかった。
気付きさえしなければ、多分先生とずっと付き合っていられた。

それなのに……


今、こうしていても、あたしはテルに会いたかった。
抱きしめられたいと、思ってしまう。
もっとちゃんとした形で、側にいたいと思う。

先生のことが好きなのに……

(どうしよう……どうしよう……)

先生の存在を失ってしまうことを考えると、張り裂けそうに胸が痛い。
彰士と別れたくなかった。
あたしは『愛されたい』と願うばかりで、涼子が言ったみたいにあたしから彰士へ愛情を渡すことってあんまりできてなかったと思う。
もっと彰士のことを愛したい。
それなのに……。
テルのことをどうしても考えてしまう。


―――― テルのことが、どうしようもなく好きだ。

もう友だちになんて、戻れない。
何事もなかったように、自分の気持ちやテルの気持ちを封印できるはずなんてなかった。
これから先、テルの隣に違う女の子がいるのを笑って許容することなんて、きっとできない。
そんなことに自分が耐えられるわけなんてない。
毎週待ち合わせてた火曜日。
自然すぎる二人の時間。

強気だけど、優しい人……そしてあの笑顔。
それがいつか別の誰かに向けられて、あたしから離れていく。
想像するだけで胸が潰れそうに痛む。
テルのいない毎日はもう考えられなかった。
あたしは彼を失えない。
テルはあたしにとって、……すごく特別で大事な男だ。


きっと………… 誰よりも。



自分の中に見つけてしまった気持ちから、目を反らすことができない。
彰士と別れたくないのに。
だけど、…あたしはどうしてもテルが欲しかった。

涙が止まらなかった。 

 

ラブで抱きしめよう
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