ビター(夢色続編)

麗佳編 ★★ 24 ★★

   

「れ、……麗佳、…そ、その顔、何っ?」
有希と目が合った瞬間、こう言われた。
「うっ…。ア、アレルギーにでも…なった?」
愛莉もすごく困ってる。


「あたしー……。先生と別れちゃった」

「えええーーー!!」

昼休み、学校から出て近くの店でランチをすることになる。
「……げ、元気だしてね…」
有希が遠慮がちにあたしに言った。
「うん……」
あたしは頷く。
「…………」
場がシーンとする。
こういう時、…かける言葉ってないよね…。
おまけに、多分勘違いされてるっぽい。
「……あたしから、…別れたの…」
ため息と一緒に、あたしは言った。
「えーー?」
ほぼ同時に有希と愛莉が言った。
そして2人は顔を見合わせる。
「なんでなんで?だってあんなに好きだったじゃん??」
有希が納得がいかない調子で言う。
「……今でも好きだよ…」
口に出すと、涙が出てきそうになった。
愛莉が目で「バカ」って有希に怒ってる。
「だってテルのことが好きになっちゃったんだもん」
あたしは半分ヤケになって言った。

「………うそぉ…」
意外にも口を開いたのは愛莉だった。
 
「テルくんと、付き合うの?」
有希があたしに聞いてきた。
「……まだテルには何も言ってない」
「そうなの…?」
有希も愛莉も、状況が全然飲み込めてないみたいだった。
そうだよね…。
あたし自身でさえ、この急展開に全然付いていけないでいるのに。

「………」

何から話していいのか、分からなかった。
そして言葉にしてしまうと、…また涙が出てきそうだった。

「また、…落ち着いたらゆっくり話すわ…」
あたしは何とかそれだけ言った。
「うん。…別に無理に話さなくてもいいし」
愛莉はそう言ってくれる。

その後、会話はあたしのことから反れていった。
「あたし、3限取ってないし…。このまま帰るね」
紫のストールを大きく巻いて、愛莉は一歩踏み出しそして立ち止まった。
「麗佳、…元気だしてね、あっ…顔も早く治して」
そう言って笑った。
「うん。ありがとー」
愛莉はそのまま駅に向かって、あたしと有希は学校へと戻る。

「麗佳……」
歩きながら有希が言った。
「うん?」
あたしは有希を見た。
あたしの顔を見ると、有希はちょっと顔をしかめる。
「ううん、…やっぱ落ち着いたらでいいわ」
そんなひどい顔してるんだろうか。
…してるんだろうな…。


真っ直ぐに家まで帰る。
昨日の出来事がウソみたいだ。
あたしが先生のところへ行った記憶を塗りつぶして、今日からの日を過ごしていけないかなって思う。
そんな事は無理だって分かってるのに。
鏡に映る自分の顔を見れば、昨日の事が現実だってことをイヤでも思い知らされる。

(ひどい顔……)

結局あたしは先生には何も言えなかった。

言いたい事、何も………
…あたしは彼に何が言いたかったんだろう。
好きだってことが伝えたかった?
好きな人ができたってことを伝えたかった?
もっと側にいたいって、
もう側にはいられないって…?
会いたくてたまらなくて、
もう会うことができないって……

自分の全ての感情が矛盾していた。

彰士にもう会えないっていうことが、実感できなかった。

このまま1ヶ月ぐらい過ぎていったら…
何事もなかったみたいに会えそうな気さえしてくる。
今年の始めに突然に先生がいなくなったとき、その時もそんな気がしてた。
(だけど、違う…)


あたしは『会わない』っていう選択を、自分でしたんだ。


携帯を見る。
彰士のアドレス、今までのメール……
悲しいことに高校の時のものからちゃんとフォルダに入れてた。
あたしはどうしてもそれを消せない。
また自然に涙が出てた。

テルのことが好き。
だけど先生への想いを、急に消してしまえるわけじゃなかった。
携帯に残るメモリーだって簡単に消せるはずなのに、あたしの指はそれを拒む。
テルのことが好きだけど、彰士のことも好きなままだった。

(こんな気持ちで、…テルになんて言うの…?)


彰士との思い出で、彰士への想いで……
こんな顔になっちゃうぐらいに涙が出てくるのに。

(どうしたらいいんだろう…)

先生と別れたからって、すぐにテルとニコニコ過ごしていける自信がなかった。


(このまま、テルがあたしから離れて行っちゃったらどうしよう……)
そんな不安もよぎる。
益々どうしていいのか分からなくなってくる。

(あたしは、テルを選んだんだ……)

だけど、どうしたらいいんだろう。


次の日のバイト、どうしてもサボれなくてあたしは行った。
なんかヘンな眼鏡を途中で買って、それを掛けた。
有希が昨日教えてくれた「泣き顔の治し方」が結構効果があって、今日は昨日と比べるとかなりマシだったと思う。
だけど今日の顔をいきなり見たら、やっぱりヘンで…あたしは渋い目でバイト先の人に見られた。サービス業じゃなくて良かったなって思う。

バイト帰り、駅までの道を歩く。
今日はテルはどうしてるんだろう。
最近の火曜日はいつも、テルと一緒に過ごしていた。
『友だち』として……。


――――― 『好きだ、……麗佳』

あの夜のテルの言葉を思い出す。
もしもテルが、……あたしが先生のことを好きなように、あたしがテルを想うように、
…あたしのことを好きでいてくれるなら、

今頃どんな気持ちでいる?


そんな風に考えたことがなかった自分に改めて驚く。
あたしの恋愛は、今まで……なんて一方的だったんだろう。
『ちゃんと愛してあげてる?』って涼子の言葉、
…あたしは自分が想われてるっていう事を考えて、行動したことって今まであったんだろうか。

「…………」

歩きながら、また泣けてくる。
自分の幼さに、自分の思いやりのなさに……

自分が情けなくなる。


先生はあたしに『何もしてやれなかった』って、言ってたけど…
本当は何もしてあげられなかったのはきっと、…あたしだ。
あたしは彰士からアクションを起こして貰えることばかり、いつも期待していた。
テルのことだって、そうだ。
テルが優しいから、今だってこうしてテルを放ったらかしにしてる。

『あたしからメールする』

って……。
田崎先生とあたしが付き合ってること、テルはよく分かってるのに。
先生の話、あたしはテルに随分していた。
それをどんな気持ちで彼は聞いていたんだろう。
どんな気持ちで、…テルはあたしに好きだって言ったんだろう。
せっかく友だちとして側にいられるのに、…その関係が壊れてしまうかもしれないのに、テルはあたしに好きだと言った。

先生は、ずっとどんな気持ちだったんだろう……
テルは、今、…どんな気持ちでいる…?


電車で涙を堪えながら、色んなことを考えた。
自分一人で、恋愛してるわけじゃない。
自分が人を好きになるように、…自分も想われてるってこと…
それがよく分からなかったあたしは、本当にバカだと思う。

このままの自分では、いたくなかった。


自分の部屋に戻る。
彰士のことが、そんなにすぐに忘れられるわけがなかった。
それでも……

逃げたくなかった。
待ってばかりの自分でいるのは卑怯な気もした。


(ごめんなさい、…先生……)

先生とキスしたぬくもりでさえ、つい先ほどのことのように甦るのに。
自分の中で走り出してしまった想いを、もう止める気持ちはなかった。


『来週あたり、会える時間あるかなぁ 』


この気持ちを言葉にできるんだろうか。
あたしはテルに、何を伝えたいんだろう。
何もまとまらなかった。
気持ちはぐちゃぐちゃのままだった。
だけどあたしは、テルにメールを送信した。  

 
〜「ビター」麗佳編〜終わり〜
〜〜総集編(close)へと続く〜〜
 

 

ラブで抱きしめよう
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