「久しぶり、この匂い」
変なんだけど、あたしは先生の車に乗ってまずこう言ってしまった。
「なんか、臭う?」
彰士が怪訝な顔で言う。
「…いやそういう意味じゃなくって、…なんていうんだろ。
……でも一番匂うのは、やっぱタバコかなぁ」
そういえばあたしは先生とデートした後、いつも親からタバコの臭いを指摘されてた。
「今はほとんど吸ってないよ」
「そうだね…。一緒にいても吸わないもんね」
彰士は『歯科医師』になってから、タバコを止めたらしい。
そんなにすぐに止められるものなのかなって思うけど、本人曰く『鉄の意志』らしい…。
「車の臭いって、中々取れないからなぁ」
運転しながら彰士は言う。
海は離れてるはずなのに、流れる風は潮の香りがした。
先生はタバコをほとんど吸わなくなったから、以前のようにその匂いが前面に出てくる感じじゃなかった。
なんだか、リアルな彰士の匂いだった。
それがあたしはすごく好きで、で、なぜか興奮してしまったりする。
フェロモンって、本当にあるんだろうなぁってあたしは実感する。
もう、体感として。
ゴハンを食べたり、普通に話したり…。
そんな何気ない事が、すごくすごく嬉しい。
夜になっても一緒にいられるのが、今日はとても嬉しかった。
昨晩も一緒にいた。なのに明日も一緒にいられる。
(嬉しすぎ……)
あたしは気持ちも体もフワフワしてた。
現実なのに信じられなくて…目の前にいる彰士があたしの幻想じゃないかと思ってしまうぐらい。
抱かれるときは体中に彼を感じるけど、それでも心はついていってなかった。
「キレー……」
夜の景色はやっぱりすごくキレイで、このあたりは夜景スポットみたいになってたから余計に非日常な気分が高まってしまう。
「こうすると、もっとキレイに見えるだろ?」
彰士が部屋の電気を消す。
窓に映っていた室内の様子も消えて、暗い夜の中、ビルやアトラクションやベイブリッジの明かりが更に眩しく見えた。
すーっごいロマンチックなんですけど。
「あっ…」
あたしは思わず声をあげてしまった。
感じてしまったのだ。
彰士に、後ろから抱きしめられただけで。
すごいドキドキしてくる。
背中に彼の胸が当たって、包まれてるって感じがする。
あたしのお腹に廻された彼の手が、交差して更にあたしを抱きしめる。
「…………」
あたしは固まってしまう。
どうしてだか、彰士に抱きしめられるといつもまず緊張してしまう。
これから自分に起こされる快感とか、…違う自分にされてしまう事に対しての恐れなのかもなのかも知れない。
暫く先生はそのままでいてくれた。
彰士と二人で夜景を見ているってこと、…実感はなかったけど、それでも嬉しい気持ちはどんどん溢れてくる。
興奮と同じぐらいに。
ベッドサイドの明かりが点いてた。
暗がりに目が慣れて、窓に反射する部屋の景色が見えてくる。
自分の影と、先生の影と…鏡まではいかないにしても、薄っすらとシルエットが映っていた。
二人きりなんだなぁって、改めて思う。
今こうしてる事を、タイムマシーンで過去に行って高校時代の自分に伝えたいなって想像した。
「大丈夫……?」
彰士が口を開いた。
「…何が…?」
あたしはピンとこなくて、思わず聞き返してしまう。
「……色々と…」
先生の腕に力が入る。
「……………うん…」
よく分からなかったけど、何だかあたしは切なくなってくる。
どうしてだろ。
『好き』って、体の奥…そして心のもっと奥の方があたしの何かを震わせる。
どうしてなの。
涙が出そうになって、あたしはちょっと焦る。
あたしは七部袖のカーディガンを着ていた。
彰士がそれをゆっくりと脱がしていく。
その下はノースリーブだった。
それも彼の手に持ち上げられて、促されるままあたしは腕を抜いた。
彼にスカートも脱がされる。
あたしは下着姿になって、また彼に抱きしめられる。
「寒くない…?」
「うん…」
立ったまま裸にされる。
彼はあたしの後ろにいて、そしてあたしの体のあちこちを触る。
「あっ…」
彰士はあたし膝をついて、あたしの後ろ側に顔を埋める。
(恥ずかしいのに……)
「ふぅっ、う、…あんっ…」
腰を引っ張られて、あそこを舐められる。
ピチャッ、クチュッ…
その部分と先生の舌が触れ合う音が、部屋に響く。
「あっ、…あんっ…」
すぐにあたしの内腿に冷たい感触が伝う。
彼の唾液と、あたしのが混ざって…
「うあぁぁんっ!」
あたしは大きな声を出してしまった。
彰士の指があたしの中を弄る。
後ろの方を、彼に舐められる。
「あぁっ!あぁんっ!」
後ろから指を入れられるのが、すごく弱いのに。
勿論彼はそれを分かってる。
どうしてこんなにも、感じるところを知られてるんだろう。
あたしはまた、苦しいぐらいの強烈な快感に耐えた。
彰士があたしの腰を両手で軽く掴む。
「……あぅっ…」
不自然な姿勢なのに、彼は簡単にあたしに入ってきてしまう。
あたしのそこは、もうグチャグチャになってたから。
「やっ…、あっ……」
ヌルヌルしたところに、更に彼は奥へ入ってくる。
そこも、ダメなのに…
部屋の電気を消していても、夜景の光りがく室内まで届く。
あたしは窓に手をついた。
「あぁっ、……っ、…うっ、はぁ、あっ…」
だめ…もう、気持ちよくなってる。
薄っすらと目を開けた。
遠かったけど、街を歩く人の姿が小さく見えた。
あたしのこんな格好、外の人から見えてしまわないだろうか。
「あぁ!っ、あぁんっ!」
先生はあたしのそんな気持ちを察しているのか、更に動きを激しくする。
足がガクガクしてしまう。
片足が離れる。
もう立っていられない。
「だ…、だめっ…しょうじっ…」
あたしは抱き上げられて、ベッドに連れて行かれた。
会えない時間はすごく長くて、
会える時間が待ち遠しくてたまらないのに……
意地悪なぐらい、時は速さを増して二人の時間を押し流す。
ゆっくりできたはずなのに、側にいるといつでも物足りない。
「じゃあ、またな。電話するよ」
先生はあたしの家の近くまで送ってくれた。
高校のとき、いつも降ろされていた場所で停車する。
「うん、…彰士も車、安全運転して帰ってね」
彰士はその言葉を聞いて、大人っぽく笑った。
「…それじゃ」
彼の声。
今度、生で聞けるのはいつになるんだろう。
あたしは助手席のドアを閉めた。
車道側に降りたあたしは、急いで歩道へと小走りになる。
先生は窓を開けて、あたしを左手でちょっと触った。
いつものように優しい笑顔を向けて、そして前へ向き直る。
先生が、行ってしまった。
また会えない日々が続くのかと思うと、あたしはすごく辛くなった。
会いたくて仕方がないのに帰りの時間が悲しくて、いっそ会わない方が気持ちは楽なのかもって思ってしまうぐらいだ。
だけどあたしはまた、彰士に会う日を心待ちにして毎日を過ごすんだ。