結局一緒に過ごしたあの4日間の後、5月は日曜日に日帰りでちょこっと会えただけで、あっという間に6月になってしまった。
彼と会えない時間は長く感じるのに、それでもどんどん日々は流れていく。
18日はあたしの誕生日でその日は外せないって思ってたけど、残念ながら平日で、どう考えても会うのは無理そうだった。
「あたしー、彼に振られた…」
学校帰り、途中のカフェでお茶してたら有希が爆弾発言した。
「うそ?」
あたしと愛莉は驚いて顔を見合わせる。
愛莉は髪は真っ黒のまま、ストレートのショートにしてた。
すごい細いし、さっぱりとしたいい女風だ。
「なんか、変だとは思ってたんだよねぇ…。ゴールデンウィーク明けぐらいから」
有希はストローの袋をグチャグチャいじりながら言った。
茶色の髪と長いウェーブがかった髪。いかにも女の子って感じ。
「高校のときからだっけ?」
愛莉が口を挟む。
「そう、……いつの間にか大学で彼女が出来たって」
有希は心底ガッカリした様子だった。
愛莉はタバコに火を点ける。
あたしは黙って有希を見てた。
「はぁー。もう大ショックだよ…」
有希がため息と共に言う。
日の当たる窓際の席で、女3人がしんみりする。
愛莉がタバコの煙を吐いた。
「次、次。次の男探そうよ」
有希に向かって愛莉が言う。
「そうかな…」
有希がソロソロと顔を上げた。
「そうだよ!だって有希すごいカワイイし!もったいないよ!」
何が勿体無いのか分からなかったけど、とりあえずあたしも言った。
でも有希がカワイイってのはホントだ。
「うん……。誰かいたら紹介してっ。合コンする気満々だしっ」
あとで愛莉に聞いたけど、有希とその彼氏は高校の時ずっと付き合ってたらしい。
3年近い付き合いだって。そんなに長いのに、こんなにすぐに別れちゃうもんなんだって思ったら、何だかコワくなってくる。
「人の気持ちは変わるよ」
大人っぽい愛莉が言った。
実際彼女はあたしたちよりも一つ年上だった。
高校のとき留学してた上に帰国子女で、フランス語と英語がペラペラらしい。
そんなすごい人が友達だなんて。
「変わる……かなぁ」
あたしは自分の事を想像した。
もし、先生に突然振られたらどうしよう。
「確実なものってのは、ないし」
愛莉は食べ物にちょっとずつ箸をつける。彼女はすごく少食だ。
今日は愛莉と二人でお昼してた。
「ないかなぁ…」
あたしは人と語れるほど恋愛経験が自分にあるとは全然思えなかった。
先生との事だっていつも自信がない。
「確実じゃないから、…やっぱりお互い努力しないと」
愛莉はあたしを見て色っぽく笑った。
一つしか年が離れてないのに、彼女は随分大人だった。
やっぱりグローバル才女だからだろうか。
「うぅん……。それは的を得てそう…」
あたしは先生と付き合うために、何か努力とかってしただろうか。
いつもウジウジ待ってた気がする。
そしてそれは今でも全然変わってないと思う。
もしも彼に突然別れを告げられても、あたしは多分それをすぐに受け入れてしまうだろう。
勿論ショックだけど。どちらかというと今付き合ってる方が奇跡って感じだった。
自信を持ちたい。
愛されてるっていう自信とか。
何となく、あたしは全体的な自分に全然自信がない。
せめて先生に電話の終わりに一言、「好き」とか「会いたい」とか、可愛い事が言えるような女の子になりたい。
(あぁ……。ダメだ…。ガラじゃない……)
その点涼子とかって凄い。
彼氏大好きオーラがいつもガンガンに出てるし、お互いにお互いだけ見てますって感じで二人ともすごい信頼感がありそう。
かと言って精神的にベッタリじゃないし、あたしよりもずっとしっかりしてるし。
涼子と比べたって、なんだか自分の方が随分子どもな気がする。
(もっと大人になりたいな…)
ホントに思う。
大人の男と付き合ってるのに。
彰士はあたしのどこが好きなんだろう。
ホントにあたしの事が好きなのかな。
付き合ってるのに、そんな基本的な事がすごく不安だ。
(ダメダメだなぁ、あたし…)
なんでだろう。
何かすぐ自己嫌悪になりがち。
もしかして付き合いだしてからの方が、余計にウジウジしてたりして。
『麗佳っ、お誕生日おめでとっ♪』
朝、携帯を見ると早速涼子からメールが来てた。
結構マメなんだよね。そんなところも見習いたい。
あの可愛さで性格もすごく女の子っぽいし、でも男前なとこもあるし…
涼子に愛されてる太郎くんは多分すごい幸せなんだろうなって思う。
彰士はあたしに好かれて、幸せなのかな……
朝からそんな事を考えて登校する。
「麗佳、今日誕生日だったよね?」
有希が言う。
「そうそう、よく覚えてるね」
食器をまとめながら、あたしは答えた。
「だってこの前聞いたばっかじゃん」
有希が笑った。学食でランチして、3人でまったりしてた。
「おめでとー。19歳だったっけ?」
愛莉が言う。ライターを指先で弾いてる。
「そうだよー」
あたしはニコニコして言った。
「麗佳、今日バイトだっけ?」
「ううん。今日は、ないよ」
「彼氏との約束は?」
有希が笑って聞いてくる。絶対わざとだ。
「あるわけ、ないじゃん…」
あたしは分かっててちょっとむっとした顔で答えた。
「じゃ、晩御飯食べよう!ね!」
有希が愛莉を見る。愛莉も頷く。
女3人で久しぶりに晩御飯に行って、サークルの話とかしてそれなりに盛り上る。
こうして話するのって、すごく楽しいなって思う。
やっぱり彼氏とかの話になると、あたしは先生を思い出してすごく会いたくなってきてしまう。
ちょっと飲んでたし、いい気分になって家路へ向かう。
携帯が震える。
あたしはちょっと期待してカバンから取り出す。
気付かなかったけど、電話が入ってた。先生からだ。
あたしはすごく嬉しくなってくる。
受信したメールを見ると、相手は彰士じゃなかった。
『今日誕生日じゃなかったっけ?
とりあえずオメデトー。間違ってたらごめん。』
「着信 テル」
へー、意外にマメじゃんって思ってあたしはそれを見た。
晩御飯で盛り上って、今日が自分の誕生日だったって事も忘れかけてた。
テルとは、卒業してから時々メールしてる。
ホントに忘れた頃にお互いちょこっと。
元々テルとは仲が良かったし、男子で居心地がいいのってあたしにとってテルだけだった。だからテルは貴重な男友達だ。
『ありがとー♪おっかけ19になったよ』
一言だけ打って、早速テルに返信する。
テルの誕生日って4月だったけど、あたしは何にも言ってないや。
(あらら…)
送ってからちょっとバツの悪い思いをした。
だけどテルのメッセージは素直に嬉しかった。
あたしの誕生日を覚えてたっていうのは、すごく意外。
家について、改めて彰士に電話した。
『あ、オレから電話しようと思ってたトコなのに』
そう言われると凄く嬉しい。
そういえばあんまり彰士から電話って来ないなって思ったりして。
『おめでとう。麗佳』
「ありがとー…」
やっぱり誰に言われるよりも、先生に言われるのが嬉しい。
『でもまだ19歳なんだよな?…若い…』
電話口の彰士の顔が浮かんで、あたしは何だかおかしくなってしまった。
あたしが先生と出会った頃はまだ15歳だった。
すぐに16歳になって、その時先生はもう32歳。
今思えば、倍だよ!倍!
すごい……改めて思う。
「もう彰士は35だもんね」
あたしは耐えられずに笑ってしまった。
だけどホントにすごい年の差なんだなって改めて思う。
そりゃあ、不安にもなるよ……。
暫く他愛もない話をする。
だけどどんな話でも嬉しくって、先生はあたしにとってやっぱり特別だった。
「ねぇ、彰士」
『何?』
「あたしに、今、…言葉で何かプレゼントして?」
恥ずかしいけど、何か言ってほしい。
だって今日は特別な日なんだもん。
『……麗佳』
「うん」
あたしは先生の言葉を待った。
『今すぐに、…会いたいよ』
「うん…」
危うくちょっと涙出そうになってしまった。
『……好きだよ、すごく』
電話を切った後も、あたしはすごくドキドキしてた。
嬉しかったけど、何だか切なくって…やっぱり涙が出てしまった。
本当に会いたかった。
会いたい時に会えないのがこんなに辛いなんてって、今夜は本当に思った。