ビター(夢色続編)

CLOSE2 ☆☆ 揺れて、たどる ☆☆

   
「冬のバーゲンってさ、もっと早くやればいいと思わない?」
ディスプレイされたピンクのマフラーを触りながら、有希が言った。
「クリスマスまでは定価で、ってとこなんじゃないの?」
どこを見てもクリスマスクリスマス…そんな景色に麗佳はうんざりしながら答えた。
(あたしも、もっと素直な気持ちになれればいいのに)
麗佳もコートの値札を手に取る。
(余裕が、ないんだよね…あたし)
「あ、そのコートカワイイね」
有希が言った。

麗佳の携帯が小さく音を出す。
「メールかな」
バッグから携帯を取り出す。
「げー、7万って高すぎだよ」
有希が値札を見て言った。コートから手を離す。
麗佳はメールを読んだ。
「テルからメール来た」
「そんなんなのに、テルくんとまだ付き合ってないの?」
有希が非難調で言った。
「うん……」
麗佳は返信メールを打つ。
「変な二人〜〜」
有希は呆れて、他のディスプレイに足を向けた。

『今、有希と買い物してる』
麗佳はすぐにそれだけ打って返信する。
輝良とは何となく、近況を淡々と報告し合っていた。
メールは頻繁にしていた。
一日に何度もすることもあった。
有希に『変な二人』と言われるのも仕方ないなと麗佳は思った。


輝良と繋がっているということ ―――

漠然と、麗佳は実感していた。
会う約束をしていなくても、自分のことを気に掛けてくれているのが分かる。
そう自然に思えることが、麗佳にとっては不思議な感覚だった。

田崎に感じていた、モヤモヤとした不安感……
自分への自信のなさ……
その気持ちと対照的なところにある、自分の中の輝良への想い。


(先生……何考えてるのかな)
結局、自分は何ひとつ彼のことが分からなかったような気がする。
ベッドに入り、目を閉じると田崎のことを思い出した。
(好きだったのに……)
気持ちを残したまま、麗佳は今も毎日を過ごしていた。
(あたしが子ども過ぎたのかな…)
考えれば考えるほど、結論の出ない想いが自分の中を巡る。
それでもその想いには、現実的な結果を出してしまった。
(………)
麗佳は寝返りをうった。
今日もなかなか眠れそうにない。
(テルに、…会いたいな…)
輝良のことを考える。
『好き』という気持ちは複雑だ、と麗佳は思う。
田崎への気持ちと、輝良への気持ちは、自分の中の同じ場所にはなかった。
違いすぎる想いの在りかに、麗佳自身の心の折り合いがなかなかつかないままだった。


「輝良、今度の合コン来てくれないか?」
「あー?」
大学で、同級生の島津から声を掛けられる。
以前から輝良はクラスの仲間に誘われて、合コンに参加させられたりしていた。
「オレ、行かねー…」
輝良は微妙な表情で返事をした。
「なあ、お前が来ると女子のレベルが上がるんだよー…。都合悪い?」
島津は食い下がる。
「っていうか…、オレ彼女できそうだし」
輝良は曖昧に言った。
「なんだそれ、お前、前は彼女がいても平気で合コンしてたじゃんよ」
教室の後ろの方の席、雄吾の隣に座る輝良の横に島津は腰を降ろした。
「うーん、…もうそういうの、興味なくなってきたし」
確かに前は平気で行っていたなと思い、輝良は苦笑してしまう。
「何だよー…。じゃ、当日来れないってので構わないから、
一応メンバーに入ってることにしといてもいいか?うまくごまかしとくから」
島津は未練たらしく輝良に言う。
「島津に任せるよ。ま、…ガンバレよ」
輝良がそう言うと彼はやっと納得したらしく席を立ち、他の仲間に話し掛けるために前の席へ移動していった。

「麗佳ちゃんだよな?」
黙って横にいた雄吾が口を開いた。
「……ああ」
輝良は頷いた。


(会いたい……)
輝良は一人のベッドで、強くそう思う。
先日麗佳と会った日から、輝良の1日はそれまでの何倍の長さにも感じられた。
メールのやりとりはしていたが、やはりどうしても不安は拭えない。
(そんなに簡単に、…麗佳はあいつのこと忘れないだろうな…)
麗佳が田崎を好きだったということ。
それは今までの彼女の態度から、痛いぐらい滲み出していた。
(田崎、か……)
輝良は田崎のことを考えた。
自分にとっての田崎は、だらしない格好をした担任に過ぎなかった。
一部マニアックな女子の間では結構人気があったのは知っていた。
独身、30代男…。
もっとまともな服装をすれば少しはマシなるだろうに、と輝良は思っていた。
その程度だった。

卒業式の日。
垢抜けた田崎の姿に教室の誰もが驚いていた。
そして、何よりも…麗佳に向かって行った田崎の表情に輝良は驚いた。
それ以上に輝良を驚愕させたのは、彼を見る麗佳の顔だ。
学校で生徒の間を抜けて行った二人の姿は、本当にドラマのようだった。
今でも輝良の目に焼き付いていた。

麗佳と田崎の二人でいた姿を見たのは、あの一瞬だけだった。
しかし二人の関係を計り知るには、それだけで充分だった。

「はー……」
輝良は大きなため息をついてしまう。
「なんだかな…」
こんな精神状態の自分が、自分らしくないなと思う。
「………」
何気なく携帯を手に取る。
夜中の12時を回っていた。
「…!」
唐突に手の中で携帯が震えた。
輝良はあまりのタイミングに驚いて、反射的に携帯を開いた。

麗佳からのメールだった。

(珍しい…あいつから…、それもこんな時間に)
『もう寝ちゃったかな』
内容はそれだけだった。
輝良はツボに入って、ちょっと笑ってしまう。
『起きてるよ』
そう打つと、すぐに送信する。
輝良はメールを待つ。
ほどなく麗佳からの返信が来た。

『電話してもいい…?』

たったそれだけの言葉に、輝良は急にドキドキしてくる。
思わずベッドから起き上がってしまった。

輝良は自分から麗佳へ電話をかけた。

『あっ、…やだ、かけようと思ったのに』
驚いた声で麗佳がすぐに電話に出た。
「……起きてたんだな…」
とっさに電話したものの、輝良はすぐに言葉が浮かばなかった。
『…テルも…起きてたんだね…』
「…うん……」

お互いに、沈黙しがちだった。
メールはしていたが、こうして声を聞いたのは先日会った日以来だった。

「何してた…?」
輝良は言った。
『今…?』
「うん」
輝良は頷いた。麗佳の息が聞こえる。

『テルは何してるかなって、……思ってた』

「………」
輝良は嬉しかった。
まさに今、麗佳と田崎のことを考えて不安に思っていたところだった。
ひとつ息を飲んでから、輝良は言った。
「…麗佳のこと考えて、ベッドで寝ようとしてたとこ」
思っているままを、そのまま口にした。
『………そう…』
深夜、自宅からかけている麗佳の声は控えめで、それが普段の声よりも色気を増しているように輝良には感じられた。

最近のことを暫く話した。
麗佳の声を聞いていると、輝良もだんだんと落ち着いてくる。


結局1時間近く、話してしまう。
「じゃあ、もう寝ようか…」
輝良は少し眠そうな麗佳の声を聞いて、そう言った。
『うん、……長々とごめん』
麗佳が申し訳無さそうな声を出す。
「全然…。すっごい嬉しかったし…」
すぐに駆けつけて、麗佳を抱きしめたい衝動にかられる。
『また、電話してもいい?』
そう言ってくる麗佳が可愛くて、輝良は本当に愛しくなってくる。

(すっげー会いたい……)
その言葉が喉まで出かかる。
(…オレは、『待つ』んだったよな……)
輝良は自分の気持ちを飲み込んだ。

「ああ…。オレからも電話するよ」
『ありがと……』

麗佳の少しかすれた声が、携帯の向こうから聞こえる。
彼女に触れたいという気持ちが、輝良の中で益々強まる。

「じゃな…」
輝良は自分の気持ちを表現する言葉が見付からなかった。
言いたいことはハッキリし過ぎていた。
ただ、『会いたい』ということだけだった。
『テル……』
麗佳の、甘えたような声。
「うん?」
『声が聞けて、…良かった』
「ああ…」
携帯を持つ手が冷たくなるほど、輝良はドキドキしてくる。

『早く、……会いたいね』

麗佳のその一言が心に落ちて、輝良は思わず泣きそうになる。
そんな自分に驚いた。
「ああ………会いたいよ、麗佳」
抱きしめたくてたまらなくなる。
麗佳の顔が見たかった。
そして一刻も早く触れたかった。
麗佳のことが、本当に愛しかった。


それから過ぎていく1日1日が、輝良にとっては長く長く感じられた。
もしも麗佳に会えなかったら、どうにかなってしまうんじゃないかと思っていた。


(あたしって、バカじゃないのかなぁ……)
バイトからの帰り道、電車に乗りながら麗佳は考えていた。
(なんだか、テルにただ意地悪してるだけみたいな気がしてきた…)
会いたいなら、会えばいいのにと、麗佳は自分でも思う。
輝良もそれを望んでるということも、分かっていた。
(だけど……)
自分でもうまくまとまらなかったが、田崎のことにふんぎりがつかない事実がある以上、
輝良に向かっていっていいのか…迷っていた。
(…先生のこと、忘れる、…なんてムリなのかもな…)
相変わらずウジウジしている自分がまたイヤになってくる。

(だけど…ちょっとずつでも、前に進みたい……)


その夜も輝良と電話で話した。
彼の声を聞くと、不思議と麗佳は落ち着いてくる。
一人で思いつめている時間は何だったんだろうとさえ思う。
「24日は、絶対会おうね」
麗佳は輝良に念を押す。
『もちろん、空けてるよ…』
輝良が静かに答える。
その声の響きの裏に、自分への気持ちを痛いぐらい感じる。
(会いたいな……)

会わないことで、麗佳の中の気持ちがハッキリとしてくる。
それから毎晩電話で話した。
声を聞くたび、輝良に会いたくてたまらなくなってくる。
(あたし……)
田崎に会えない1日、そして輝良に会えない1日という時間。
同じ24時間のはずなのに、輝良と離れている1週間は田崎との1ヶ月にも感じられた。
それは麗佳を愕然とさせる事実でもあった。
(テルに、会いたいよ……)


田崎のことを思い出し、まだ涙が溢れてくるときもある。
しかし麗佳は輝良に会う日を待ち焦がれていた。


「ねえ、24日とかってどっかいいお店予約できないかなぁ」
大学で、思い切って麗佳は言ってみる。
「…テルくん?」
有希が上目遣いで麗佳を見た。
「そう」
「やっと付き合ったんだね」
そう言って有希がにっこり笑った。
「うーん、でもまだ会ってないんだ…。イブに会おうかなと思って」
麗佳は周りを見ながら言った。
3人で学食で昼食をとっていた。
周りに聞こえたらイヤだなと麗佳は思ったが、食堂は学生たちの声が響き皆が自分達の会話に集中していた。
「ふーん、ドラマチックだね」
最近禁煙しはじめた愛莉が、もてあまし気味にコーヒーをかき混ぜながら言った。
「あたしの彼の知り合いがバイトしてる店がさ、結構いいよ。
この前行ってみてなかなかだったよ…。個室っぽくなってて、ゆっくり話ができるし」
「…そこ今から予約できるかなぁ」
「聞いてみるよ。予約が一杯でも、何とか入れてもらえるようにお願いしてみる」
愛莉はそう言って、携帯を開いた。

イブまではあと3日だった。
輝良に会えることが現実的になってくると、麗佳は今までとは違った緊張を感じた。
田崎のことは、相変わらず思い出していた。
しかし離れているのに自分の中では、輝良の存在感が大きくなってきている。
(もうすぐ……会えそう……)
電話越しの、輝良の声。
いつもの軽い感じの輝良とは違っていて、麗佳の心の中にじわじわと染み入ってくる。

(今度会う時は…あたし、…テルの『彼女』なのかな…)

輝良に会えるまでの3日間、麗佳はくすぐったくて焦ってきて、いてもたってもいられなくなるような不思議な感じだった。



その日は5時に約束していた。
麗佳は緊張してその場所へ向かった。
輝良と会う中でも、一番のドキドキだった。

待ち合わせ場所、遠くからでも輝良の姿は目立っていた。
高い背、黒いジャンバー、女の子を惹きつけてしまう絶妙な全身のバランス。

(テル……)

これからどうしたらいいのか…麗佳自身も分からなかった。
それでも、今までの自分ではいたくなかった。
そして目の前の輝良を見て、この数日間いかに彼に会いたいと思っていたか改めて麗佳は思い知る。
一歩進むごとに、鼓動が体に響く。
息を白く吐きながら、麗佳は輝良に近付いた。
ただ素直に、なりたかった。


「お待たせ……」

「待ったよ」

輝良は笑った。
その笑顔の優しさに、麗佳は改めて胸が締め付けられる。

(やっぱり、大事……)

麗佳も笑顔を返した。

自然に手を取り合う。
二人は麗佳の予約していた店へと向かった。

 

 

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