ビター(夢色続編)

CLOSE5 ☆☆ 過ぎる日々 ☆☆

   

「あれ、梶野さんもう帰るの?」
「すみません…ホントは忘年会、行こうと思ってたんですけど…」
バイトの帰り際、麗佳は社員の女性に声をかけられる。
「学生さんは、年末忙しいもんね」
女子社員は予定を追求するでもなく、そう言って笑ってくれる。
「すみません、矢部さん…」
麗佳は頭を下げた。
いつも彼女から仕事の指示を受けていた。
あっさりしていて、麗佳は彼女の下でやり易かった。
「部長、ガッカリするだろうな…」
「そんなコトないですって」
ちょっと困って麗佳は言った。
「だって梶野さんのこと、すごいお気に入りなんだもん。…見付からないうちに、出たほうがいいよ」
「ありがとうございます」
一礼して、麗佳は通り過ぎようとした。

矢部は手を振って言った。
「よいお年を。梶野さん」

麗佳は振り返って会釈した。


結局、麗佳は輝良に言われるがまま、忘年会も参加せずに彼と会うことにした。
(昨日会ったばっかりだけど…)
麗佳は今日も会いたいと思った。
こんな風に余裕を持って恋愛を味わったことがなかった。
(先生……クリスマスどうしてたんだろう…)
やはり田崎のことを考えると胸が痛んだ。
(先生……)
重く切ない気持ちを、何かを境界にしてバッサリと振り切れるとは思えなかった。
しかし彼へと残る感情も、輝良と会うことで次第に薄まっていくのを感じた。
(テルが、あんな風に愛してくれるなんて……)
今日もバイト中に、先日の輝良の事を何度も思い出してしまった。
そのたびに体が熱くなってしまう。
何度も抱かれてしまった。
(なんか、…どうにかなっちゃいそう…)

「麗佳、顔が真っ赤」
輝良は会社の少し先で麗佳を待っていた。
「そうかな?」
麗佳は頬を抑えた。
(エッチなこと考えてたの、バレちゃうかな…)
『分かりやすい』と言われる自分の表情が、恥ずかしくなってくる。
「急に、寒いからかな?」
彼のその一言に麗佳はホっとする。
「うん、そうかも」
笑って輝良の手を握った。


「連続泊まりー」
裸の胸で麗佳を抱きしめながら、輝良は笑って言った。
「……こんなのって、年末だからだよ?」
麗佳が困った顔で答える。
「泊まれって言ったの、ちょっと強引すぎたか?」
輝良は麗佳の髪をひと束つまむ。
「…いいけど」
くるくると自分の髪を回す輝良の指先を、麗佳は見ていた。
髪の端を、輝良は指で弾く。
「もしかして忘年会行きたかった?」
「…それは全然…。でも会社の宴会って、どんな雰囲気だったのかなぁ」
「また新年会があるだろ」
「そうだね…」
麗佳は輝良の指を触る。
そしてその指先を軽く噛んだ。

「なんで…」
輝良はそのまま麗佳の唇を指で撫でる。
「うん?」
目をパッチリ開けて、麗佳は輝良を見返す。

「そんな、色っぽくなっちゃった?」
輝良は思っていたことをそのまま言った。
麗佳は視線を反らして答える。
「…ちょっと、大人になったのかも……」

裸のまま、唇を重ね合わす。
漠然と、お互いの中に麗佳の過去が圧し掛かる。
まだ、『過去』と呼ぶには最近すぎるほどの、現実。
輝良は、麗佳の女っぽさが嬉しくもあり、同時に嫉妬の対象でもあった。
それは麗佳も同じだった。

輝良がしてくれる、愛情を感じずにはいられない優しい愛撫、
…これまで他の女の子がそれを受けていたのかと想像するだけで、麗佳は切なくなる。
「テルだって……」
麗佳は輝良の腕枕を外して、改めて自分の腕を絡めた。
「すごい、男っぽくなっちゃったよ」
「そうか?」
輝良と絡めた腕を、麗佳は伸ばした。
「腕だって、随分たくましくなったよ」
「……あぁ、…あの頃より太ったかもな…」
「それに…」
「うん?」

「すごい……上手になったよ…」

麗佳のその言葉を聞いて、輝良は体を起こす。
「マジで?」
「うん…すっごい気持ちいいよ……困っちゃうぐらい……」
自分の腕で麗佳は顔を隠す。
「………」
その腕をどかして、輝良は麗佳にキスした。

唇を離して、輝良は麗佳の横に戻る。
「オレってさー…」
「うん」
「…麗佳が初めてだったんだよなー…」

「うそ?」
輝良の意外な告白に、麗佳は驚く。

「そうだよ」
麗佳を見ずに輝良は言った。
「えー、全然わかんなかったよ?…言ってくれれば良かったのに」
「言ってくれればって…言ったってしょうがないだろ、カッコ悪いし」
輝良はバツが悪そうに答えた。
「いやー…、なんか嬉しー…」
麗佳はとたんに機嫌が良くなる。
そしてこうして裸の体が触れ合っているのが、本当に嬉しかった。


それから、毎日二人で会った。
あっという間に冬休みが過ぎ、学校が始まる。

午後からの授業がない日、麗佳は涼子と待ち合わせた。
外は寒くて、麗佳たちはすぐにお店に入る。
「れーいかっ」
涼子がニコニコしながらテーブル越しに身を乗り出す。
「何っ」
麗佳は背筋が伸びてしまう。

「なぁんか、…明るくなった気がする」
「……この前会った時はさ、…一番悩んでた時だったし…」
(そう言う涼子は、いつも明るいし…)
麗佳はそう思いながら答えた。
涼子はもっとニコニコする。
「そういうんじゃなくって、……うーん。明るいオーラがあるっていうか」
明るいオーラを常にまとっているような涼子にそう言われて、麗佳は苦笑してしまう。
「ま、…麗佳が元気になって、良かった」
涼子は明るい笑顔で言った。


「送ってもらっちゃって、いいのかなぁ」
涼子と麗佳は輝良の車を探した。
「いいって、どっちにしても同じ方向だし」
麗佳の視線が止まる。
「あ、いたいた」

「久保くんっ♪お久しぶりっ♪」
眩しいぐらいの明るさを振りまきながら、涼子は輝良に言った。
「すーげー久しぶりだな」
輝良は車のドアに手をかける。
「ま、寒いし、…あんま停めてらんないし、早く乗って」

輝良は助手席に麗佳を乗せ、ま後ろに涼子を乗せて車を出した。
「ごめんね、ありがとー」
涼子は運転席に体をくっつけながら言った。
「いいよ、マジで全然」
輝良は答えた。
麗佳も斜め後ろの涼子に笑いかける。
涼子は麗佳に笑い返して、体を運転席から離した。
「やっぱ、車があるのっていいよねー。麗佳が超羨ましい〜」
「春日って、あの1年とまだ付き合ってんの?」
前を見たまま輝良が聞いた。
「もう1年じゃないよ、2年」
涼子は笑って答える。
「げー、まだ高2かよ…改めて聞くとすごいな」
輝良の言葉を聞いて、麗佳も思わず頷いてしまう。
「ほんと、若いよねー…」
「そうだよ、だから勿論免許とかないし…でも体力はあるよ」
得意げに涼子は言った。

「はははっ」
輝良はそれを聞いて笑ってしまう。
麗佳も前を向いて苦笑する。

麗佳の視線が外れたのを見て、涼子は輝良の耳元で小さな声で言った。
「…久保くん、良かったね」
「………」
輝良は涼子に自分のことを見透かされているような気がして、かなり恥ずかしくなる。
横目で麗佳を見て、それがバレないように表情を引き締めた。


高校3年になった時だった。
偶然、廊下で輝良と涼子がすれ違ったことがある。
「おぉ」
輝良は涼子に軽く会釈した。
涼子は麗佳の友だちだったので、輝良も会話ぐらいは交わしたことがあった。
すれ違ってから、涼子は輝良に声をかけた。
「……ねえ、久保くん」
「…?」
涼子から話し掛けられたことがないので、輝良は少し驚いて振り返った。
「前から聞きたかったんだけどさ……」
「なに?」
困った顔の涼子に、輝良は戸惑う。
「久保くんって、私のこと好きなの?」
「はあ?」
唐突に突拍子もないことを言われて、輝良は困惑する。
涼子の顔はマジメだった。
「うーん、ごめん……春日は綺麗だし…別にキライってわけじゃないけど…特に好きっていうんでも…」
何と言い返していいのか、輝良は言葉を選んで言った。
「ごめんごめん、…そういうんじゃなくて」
涼子は笑った。
その場の空気が、花が開くように明るく一変する。
(毎度ながら、すごい威力ある笑顔だよな…)
本当に可愛い子だなと、輝良は涼子を見て改めて感心する。

「じゃあ、麗佳のことが好きなんだ」

「え……?」
その時、輝良は麗佳とは別に付き合っている女の子がいた。
麗佳とは別れているし、誰かにそんな話をしたこともなかった。
「なんで…?」
普段輝良本人でさえ意識していない核心を、涼子に指摘された気がした。

「だって、よく私たちのこと、見てるもん…久保くん」

「…………」

余りにも恥ずかしくて、輝良は返す言葉がなかった。
(そんな風に言われるほど、オレ、見てたっけ…?)
涼子はまたニッコリと笑った。
「なーんか久保くんって、すごくいい人そうだし…、私、こっそりと応援するよ」
輝良は急にドキドキして、そして言い返す言葉が全く見付からなかった。
「………あのさー…」
やっと輝良が言いかけると、涼子は歩き出す。
「じゃあね」
涼子はそう言って、そのまま行ってしまった。
輝良はすごくバツの悪い思いをして、そしてその後イヤでも麗佳のことを意識せずにはいられなくなってしまったのだ。


(まったく……)
ハンドルを握り締めながら、輝良はそんなコトを思い出していた。
(妙に鋭いとこあるからな…春日は…)
ふと、助手席の麗佳が輝良を見る。
輝良は少し困って、そして麗佳に笑いかける。
麗佳も輝良に微笑み返した。

「なーんかさっ」
涼子が前に聞こえるように、少し大きな声を出す。

「ラブラブって、いいよね」

二人を見て涼子はニコニコ笑った。

 

ラブで抱きしめよう
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