冬物が見たかったから、あたしはテルと一緒にウインドウショッピングしていた。
11月に入るとさすがにコートも厚手のものが並ぶ。
それでもまだそこまでは寒くなくて、この季節は着るものに悩む。
あたしが服を見ている間、テルはヒマそうにしてる。
そしてすれ違う女の子がテルをじろじろ見る。
テルを見た後に、必ずあたしに視線を向ける。
彼とする買い物はなんだか落ち着かなくて、今度は絶対に女の友だちと来ようって思った。
テルを待たせて、トイレに行く。
ちょっと口紅をつけ直して、化粧室から出てテルの待つ通路に出た。
誰かと話してる。
女の子。
テルはすぐにあたしに気が付いて、目が合う。
喋ってた女の子も、振り返ってあたしを見る。
あたしはテルに近付く足を緩めた。
女の子はあたしを見て、ちょっとビックリするとまたテルを見た。
テルをどんな顔で見たのかは、あたしの方からは分からなかった。
そのまま、その女の子は化粧室から出てきた彼氏と一緒に行ってしまった。
「知り合い?」
あたしは聞いた。
「ああ…」
テルはあたしの言葉に、少し戸惑ったみたいだった。
「お茶しに行く?テルも疲れたよね?」
「あー、そうしよ。っていうか、もう夕飯食べないか?」
すぐにテルがあたしの方へ手を伸ばす。
あたしはその手を握り返した。
(………)
さっきの女の子、あたしを見て驚いてた。
テルと一緒にいた雰囲気……。
二人が普通の友だちじゃなかったっていうのは分かる。
何か理屈じゃなくって、分かる。
こういうのが女の勘なのかも。
そしてそれって結構当たりそう。
(あ!)
唐突に思い出す。
雰囲気が変わってて、全然分からなかった。
さっきの子……テルが前に付き合ってた子だ。
「ねえ、…さっきのって東野さんだね?」
あたしはテルに近付いて言った。
「…そうだよ、すぐにわかんなかった?」
テルはあたしをちょっとだけ見ると答えた。
「あたし、あんまりあの子知らないもん。ほとんど喋ったことないし」
「そうなんだ」
特に顔色も変えず、普通にテルは言う。
当たり前なんだけど、テルにも過去があるんだなって改めて思う。
自分のことばっかりで、先生のこと気にしてばっかりだったけど、
……テルって、今までどれだけ女の子と付き合ってたんだろう。
何人の女の子を抱いたんだろう。
テルがしてくれる色んなことは、いつもすごく優しくて気持ちが良かった。
昔、あたしと付き合ってた頃と比べるとホント雲泥の差ぐらいに。
(………)
別に東野さんにってわけじゃなくって、何だかテルの過去に嫉妬してしまう。
絶対、相当遊んでそう。
「なあ、麗佳」
「うん?」
あたしはちょっと不機嫌な声になってたかも。
「ご飯食べたら、ホテル行ってもいい?」
「テルんちじゃなくって?」
「うん…何となく」
「……」
あたしはテルを見上げた。彼からすごく男フェロモンを感じた。
あたしは今すぐ襲われそうな気配を感じて、…そして何となく欲情が移ってしまう。
「いいけど……」
「汚してもいいから」
って言われて、…あたしは本当にすごく汚してしまった。
久しぶりにテルのベッドじゃなかったから広くって、それから声も出せちゃうし…、テルはいつも以上に気合が入ってるし……。
「ふぅん…、あぁっ……、もう、いやっ…」
さんざん愛撫されてたくさん焦らされて、…で、いかされて、テルの欲情も受けとめて…
あたしはもうヘロヘロになってた。
テルがあたしの胸を掴みながら、後ろからぎゅっと抱いてくる。
「もう、…ホントにだめ……休みたい…」
すぐにでも眠れてしまいそうだった。
それでもあたしのうなじにかかるテルの息にさえ、感じてしまう。
「なんでこんなすげー好きなんだろ…」
あたしを抱く腕に力を増して、テルがそう囁く。
「…んん……」
嬉しいのと感じてしまうので、あたしはゾクゾクして体を震わせた。
「麗佳…すっげー……好き」
(ああ…もう……)
テルの一言で、あたしの中からトロっとあふれ出てしまったのが自分でも分かった。
(こんな自分が恥ずかしいよ…)
髪を分けて、テルの唇があたしのうなじに触れる。
「んんっ……」
あたしの胸を掴んでいたテルの手、指先があたしの乳首の先を触る。
「…だから…ダメって…」
乳房を柔らかくもまれて、また感じてきてしまう。
「すっげー好きだ…」
上半身の愛撫だけで、全身が感じてくる。
「……でも、もぅ、…ダメだって…」
あたしのうなじをテルが強く吸う。
「麗佳は…?」
そんな風に…おっぱいを触らないで欲しい…
「ダメだってば……」
すごい気持ちが良くなってきちゃう。
「オレのこと好き…?」
ゾクゾクするような声で、テルが耳元で囁く。
「…だから…好きだって……もう…」
テルが後ろからあたしを抱きしめながら、ゆっくりと入ってくる。
「うぁ……ん…」
体は、さっき味わったばかりのこの感触をまた恋しがっていた。
あたしはもう、テルにされるがままだ。
いつものように送ってもらって帰ってきたその夜、あたしは部屋で自分の机に座ってテルにメールをした。
送信して、携帯を手の上で開いたままにしていた。
もうすぐ先生と別れて1年になる。
田崎先生のアドレスを表示させる。
(彰士……どうしてるかな…)
先生とやりとりしたメールのフォルダを開いて、何通か見てみた。
彰士のことを思い出すと、やっぱり心がチクチクして、切なくなって…あたしは妙にドキドキしてくる。
別れた日のこと、考えてしまうと今でも胸が痛かった。
(先生……)
何気ないメールの内容に、あたしはやっぱり涙が出てしまう。
彰士のことを考えると泣けてしまうっていう状態は、これからもずっと続くかもしれない。
それでも彼のことを考える頻度はどんどん下がっていって、何日も彰士のことを思い出さない日もあった。
そんな風になれた自分が自分でも不思議だったけど、時間と…そしてテルとの日々が、自然にあたしの中の彰士を薄めていく。
テルのために先生のことを忘れなくちゃいけないと思う反面、
実際に薄まっていく彰士のことを考えると、すごく寂しい気持ちになってくる。
(あたし…すっごい、…先生のこと好きだった…)
彰士のアドレスを見つめる。
(どうしてるかな…)
しばらくあたしは、ずっと携帯を見ていた。
今、この画面で送信を押したら…変更していなければ彰士の携帯に繋がるだろう。
携帯電話は簡単すぎて、あたしは思わず送信ボタンを押してしまいそうになる。
(先生…)
――― あたしは彰士のアドレスを消した。
今まで迷ってとっておいたメールも、フォルダごと削除した。
簡単な操作だった。
だけどここまで辿り着くのに、あたしは1年かかった。
もう、連絡をとることもできない―――
別れたということを、ようやく実感したような気がする。
先生のことが大好きで、先生もあたしのことをきっと好きでいてくれた。
だけど、それももう過去のことになってる。
それが事実なのに、そしてそれをあたしは自分で選んだのに、
…どうしてこんなにも切なくて、悲しい気持ちになってしまうんだろう。
引き出しの中、その奥から水色の小さな箱を取り出す。
そっと箱を開けると、小さなダイヤが光る。
この輝きは、あたしがこれを手にした頃からちっとも変わっていなかった。
(変わらないものと、変化するもの……)
あたしはピアスを胸にあて、抱きしめるように握り締めた。
次の日は日曜日で、テルの部屋に行って何をするでもなくダラダラしていた。
テルはベッドの上に寝転がって、昨日買ったCDを開いて見ていた。
あたしはベッドに寄りかかりながら座って、部屋にあったヤングサンデーを読んでた。
「なー、麗佳」
「んー?」
あたしはマンガを読んだまま返事をする。
「なあ、結婚しようぜ」
「んー、別にいいけどー」
あたしは本から目を離さないで、適当に答えた。
テルが体を起こす。
「オレはマジで言ってるんだけど?」
テルが近付く気配がする。
あたしはベッドの上に座るテルを見た。
「ん?あたしもマジだよ?」
あたしと目が合うと、テルはにっこり笑う。
「じゃあさ、就職決まったら結婚しよう」
「へ?」
あたしは一瞬ぽかんとしてしまった。
(はっ)
「就職決まったらって、…学生で、ってこと?な、…あんた何言ってんの?」
冷静に考えると、とんでもないこと言われたのに気付いて、あたしは慌ててしまった。
「普通さぁ、就職して2、3年たって結婚とかってするんじゃないの?」
あたしは続けて言った。
「だって働いたら毎日会えなくなるじゃん」
テルは言った。
「普通、社会人はそういうもんじゃないの?」
あたしは本を閉じて膝に置いた。
テルもベッドの縁に座りなおす。
「『普通』って、何だよ?…とにかく、時期なんていうのは自分らが決めることだろ?」
「それはそうだけど…学生で、ってのは無理だよ」
あたしは念を押すように言った。
「じゃあ、就職が決まったら正式に婚約する」
テルは大マジメだった。
「な、…何、勝手なこと言ってんの…?」
「まあ、まだ先のことだし、いずれな……もしか麗佳がダメってんなら、オレ卒業したら麗佳の家に居候しようかなあ……」
「何よそれ」
勝手なことばっかり言うテルに対して、あたしは半ば呆れてた。
「ま、周りから固めてくから」
そう言って、テルはあたしを見てニヤっと笑った。
テルがうちの弟と異常に仲がいいこと、うちの母親がテルのことを異常に気に入ってること
…おまけにうちの父親は母親に頭が上がらないこと……
どう考えても、この状況ってテルの手中にある気がした。
「まあ、いいけど……」
先のことは分からないし、何となくだけど、こうしてテルに引っ張られてるのも悪い気はしなかった。
このままずっと、引っ張られるっていうのも……まあ、いいかもしれないななんて、ちょっと思ったりして。
「何か飲む?」
テルはベッドから降りると、あたしの頭をくしゃっと撫でる。
そのまま冷蔵庫の方へ行ってしまった。
それからあっという間に毎日の時間は流れて、何年か過ぎた。